オカリナ・ミュージックキャンプ
2泊3日のオカリナ・ミュージックキャンプに参加しました。
30人以上の人たちとひとつの音楽を作っていきます。
朝から晩までみっちりオカリナ。
夕食後もレッスンがあるので、ビールもなしです。
50歳を過ぎて、こんな体験をするとは思ってもみませんでした。
帰宅してからも不思議な高揚感が続いていて、今もまだアンサンブルの音色が耳に響いています。
とても満ち足りた気持ちです。
ひとつの音楽を作り上げて行く過程で一人一人が発する良い“気”のようなものが、きっとあの場所には充満していたんだと思います。
音楽っていいなぁと思いました。
最後にはみんな涙。
このキャンプでは、音を揃えるための基礎練習もありました。
その折の先生のお話で心に残ったのは、音が必ずしもぴったり同じである必要はなく、ある程度は幅があっていいのだということ。
音程も音色も全く同じでは全然面白くなくて、雑味があるからこそいいのだと。
メンバーひとりひとりの音の違いをそのグループの味として育てていけばいいのだそうです。
大事なのはみんながひとつになろうという気持ちで、私が私が、ではダメなのだと。
なかなか興味深いお話でした。
さてさて、このキャンプでもらった良い“気”に包まれながら、今度は糸紡ぎ再開です。
町屋亭さんが一生懸命売ってくださるので、私もマフラー屋稼業に改めて真摯に取り組もうと思います。
まずは日頃の不義理を詫びながら、紡ぎ車にグリースを差すところから。
この日は朝からどんより曇って寒かったので、薪ストーブを焚きました。
ストーブの上で大根と鶏手羽先のスープにとろとろと火を入れながら糸を紡ぐのは、大変生産的な気分になります。
本日の糸。
本日の晩ごはん。
スープがいいお味です。







この記事へのコメント
こういう突っ込んだ質問、とても嬉しいです。
ありがとうございます。
音の幅というのは、主に音程ですね。
その人の吹き方や楽器、先生の指導によって、差が出てきます。
それをどこまで寄せられるかは、訓練とその人の持って生まれた耳なのかもしれません。
あとは音色。
クリアーな音とか、柔らかい丸い音とか。
で、ポイントは、ぴったり同じものをオブセッシブに求めることは、どこか人工的な感じになってしまう、音楽として一番大事なものが抜け落ちちゃうんじゃないの?
っていうことなんじゃないかと思います。
先生の人間性に触れた気がして、印象に残った言葉でした。
話変わりますが、今、富士山前を通過中。きれいですよー。
と、思いましたが、絃楽器なんかもみな自分の耳で音を作っていくわけですよね。
例えば私たち一般人にとって一番身近なピアノが、逆にもしかしたら特別なのかもしれません。
おぉ~、こちらに向かっているのですね。
富士山、今日初冠雪だそうです。